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中学歴史 原始から古代へ 人類の始まりと文明 基本問題3 解答・解説

中学歴史 原始から古代へ 人類の始まりと文明 基本問題3 解答・解説


1,エジプト文明


http://ja.wikipedia.org/wiki/古代エジプト


http://www2s.biglobe.ne.jp/~t_tajima/nenpyo-1/egypt.htm


2,メソポタミア文明


  ギリシャ語で「複数の河の間」)は、チグリス川とユーフラテス川の間の沖積平野であり、


 過去のペルシアの一部、現在のイラクにあたる。漢字による当て字は「米所並大迷亜」。


 メソポタミア文明 はメソポタミアに生まれた文明を総称する呼び名で、世界最古の文明であると


 言われていた。文明の初期の中心となったのはシュメール人であるが、シュメール人は民族系統が


 不明である。 地域的に、北部がアッシリア、南部がバビロニアで、バビロニアのうち


  北部バビロニアがアッカド、下流地域の南部バビロニアがシュメールとさらに分けられる。


 南部の下流域であるシュメールから、上流の北部に向かって文明が広がっていった。


 土地が非常に肥沃で、数々の勢力の基盤となったが、森林伐採の過多などで、


 上流の塩気の強い土が流れてくるようになり、農地として使えなくなってしまい、衰退した。


  メソポタミアは、数多くの文明の栄えた土地であり、また数多くの文明によって征服されもした。


 それら諸文明の中には、シュメール、バビロニア(バビロン)、アッシリア、


 アッカド(ムロデ王国の四つの都市のひとつ)、エジプト文明、ヒッタイト、


 そしてエラム古代王国がある。


3,インダス文明


  インド・パキスタンのインダス川及び並行して流れていたとされるガッガル・ハークラー川周辺


 に栄えた文明で、現在南インドを中心に暮らしているドラヴィダ人によりつくられたと推定されている。


  考古学上は、ハラッパー文化と呼ばれ、パキスタン、パンジャブ州のハラッパーを標式遺跡とする。


4,中国文明


  中国文明と呼ばれるものは、大きく分けて黄河文明長江文明の2つがある。


 黄河文明は、畑作が中心長江文明稲作が中心であった。


 黄河文明が、歴史時代の殷(商)や周などにつながっていき、中国大陸の歴史の中軸となった。


 長江文明は次第に、中央集権国家を創出した黄河文明に同化吸収されていった。



 http://ja.wikipedia.org/wiki/中国の歴史


 



 

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